【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈16〉真っ赤なタイツで鮮烈な凱旋帰国、1990年4月27日、東京ベイNKホール】

【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈16〉真っ赤なタイツで鮮烈な凱旋帰国、1990年4月27日、東京ベイNKホール】

【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈16〉真っ赤なタイツで鮮烈な凱旋帰国、1990年4月27日、東京ベイNKホール】

◆蝶野と組んでマサ、橋本のIWGPタッグに挑戦

1990年4月27日。
武藤敬司は、新日本プロレスの東京ベイNKホールのリングに立った。
88年に2度目の海外遠征へ出てから約2年ぶりの本格凱旋。
試合は、メインイベントで蝶野正洋と組んでマサ斎藤、橋本真也が持つIWGPタッグ王座への挑戦だった。
「あの試合前は、内心は不安でいっぱいでしたよ。
前にも言ったけど、実績を作ったって言ってもそれは、米国での話であって。
日本ではどうなるのか、自分に自信を持てなかったからね」

新テーマソング「HOLDOUT」が鳴り響き、Tシャツに真っ赤なタイツを身につけた武藤が花道に姿を見せた瞬間、不安を打ち消すように会場は一気にヒートした。


「それまでの新日本でTシャツで入場する選手は、そんなにいなかったから新鮮に映ったかもしれないね。
オレとしては、シンプルなアメリカンスタイルのベビーフェイスの格好をイメージしていた」

◆猪木イズムの黒のショートタイツを否定

凱旋帰国に備えタイツは、赤とオレンジの2枚を用意していた。
前座時代の黒のショートタイツ、スペースローンウルフ時代の青のロングタイツ。
これまでのイメージを一新する鮮烈な赤。
アントニオ猪木から藤波辰爾、長州力、前田日明らそれまで新日本を支えるメインイベンターは、すべて黒を継承していた。


「オレにとって、あの昔の新日本の黒イズムはそんなに好きじゃなかった。
だって、新日本の中で黒は普通じゃないですか。
当時は、あの黒がみんなの学生服みたいなもんだったからね。
レスラーである以上、目立とう精神とか、他のレスラーより浮いていかないと存在意味がないからね」

猪木イズムからの卒業あるいは進化。
いずれにしてもあの赤のショートタイツには、米国でトップを張った武藤の強烈な自己主張の表れだったのだ。
入場時もガウンが主流だったが、Tシャツを選択した。
新しい風景が新日本のリングに一瞬で広がった。


「試合前は不安だったけど、リングに上がったらそんなこと言ってられないからね」

フラッシング・エルボー、ギロチンドロップ…躍動感と目にも止まらないスピードあふれる武藤の技にファンは、くぎ付けになった。

◆思わぬケガ

「オレの中では、あの試合は米国で培ったスタイルをお披露目しただけなんだよ」

フィニッシュは、やはりムーンサルトプレスだった。
マサ斎藤に炸裂した月面水爆は、これまでよりも速く重く、そして華麗な舞いだった。


「オレの中では、ムーンサルトプレスは、ヤングライオンの時からスペース・ローン・ウルフ時代、ムタと出し方を変えているつもりはないよ。
すべて同じなんだ」

当時の新日本は、猪木が参議院議員となり第一線を引き、坂口征二が引退。
さらに藤波辰爾が腰の負傷で長期欠場中と停滞していた。
加えて、長州力の顔面を蹴って追放された前田日明が88年5月に旗揚げした新生UWFが大ブレイク。
新日本のファンは新たなスターを渇望していた。
そこに武藤がこれまでの新日本のイメージを打ち破る鮮烈な赤と衝撃のムーンサルトで出現。
同時にこの試合は、闘魂三銃士の3人が揃った初のメインイベントだった。
すべてにおいて新時代の到来を感じさせるパフォーマンスはファンの心をわしづかみにした。
大成功の凱旋帰国だったが、大きな落とし穴があった。


「試合が始まってすぐ、橋本にローリングソバットをやったんだけど、着地の時に左膝を痛めてさ。
あの試合後、何試合か休んだんだよ」
新たなケガとの戦いの始まりだった。
(敬称略)

◆武藤敬司(むとう・けいじ)1962年12月23日、山梨県富士吉田市生まれ。
55歳。
1984年4月に新日本プロレスに入門。
同年10月にデビュー。
以後、IWGPヘビー級、IWGPタッグ、三冠ヘビー級王座など数々のタイトルを獲得。
89年4月に米国のWCWで化身であるグレート・ムタが誕生。
2002年1月に新日本を退団し全日本プロレスへ移籍。
同年10月に社長に就任。
13年5月に全日本を退社し同年7月にWRESTLE―1を旗揚げし現在に至る。
身長188センチ、体重110キロ。

ニュース配信元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00010003-spht-fight

「【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈16〉真っ赤なタイツで鮮烈な凱旋帰国、1990年4月27日、東京ベイNKホール】」への、ネット民の反応

  1. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 13:00:31 ID:872175396

    武藤が他のレスラーと同じものを嫌うというのはタイツだけじゃなくて技もそうだよね。昔雑誌のインタビューで「フットスタンプが嫌い。ただ飛び降りるだけじゃん」「袴が嫌い。ださいもん」とか言ってて。それって、越中のことじゃないのか、と思った覚えがある。小橋もオレンジでムーンサルトを使うけど、全くイメージが被らないのが凄い。武藤も小橋もやっぱり一流というのはそういうものなんだよね。

  2. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:00:42 ID:d02f056af

    ムトウはひとつの技を大切にするどこぞのシオレスラーは。。。。

  3. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:29:48 ID:3ff6dac8d

    怪我する前の武藤のムーンサルトスピード 飛距離 素晴らしかった

  4. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:08:29 ID:fe89e577f

    この試合、現地に行ったよ赤のショートタイツで出てきた時、最高に盛り上がったっけ新時代突入の大会でしたね

  5. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:27:47 ID:ccfa0192f

    凱旋帰国の時は今でも覚えてる。確か東京bayホールだったと思うけどあの時武藤が颯爽とリングに向かうときは間違いなく新日本の新しい歴史の始まりと思った。マサ斎藤に放ったムーンサルトまたはラウンディングボディープレスはかっこ良かったなぁ…。

  6. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:12:44 ID:9ff4ecc02

    記憶はさだかではないのですが、武藤さんが新人の頃 練習がきつくて 辞めます!と山本小鉄さんに言ったら、「辞めろ!」って一度は言われたものの、はい辞めます。と答えた武藤さんに「おい、辞めるなよ!」と小鉄さんがひきとめたというエピソードが好きです。

  7. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:03:06 ID:a3c722649

    武藤の入場曲と言えばやっぱりHOLD OUTが一番好きかな、個人的には。

  8. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 11:58:41 ID:90eac2e6a

    このあたりからUインター対抗ぐらいまでが一番輝いていたように思います

  9. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 14:08:44 ID:230cab7fb

    この試合、リングアナにコールされるとき、武藤が涙ぐんでいたのを覚えているよ。会場全体の熱気がテレビから伝わってくるほどだった。直前にファンの期待に応えてベイダー・ビガロ組が北尾をボッコボコにしたっていうのもあったと想像します。興行は流れが大事。

  10. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:32:28 ID:16a8b7e48

    昼休みを狙って配信してる

  11. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:55:41 ID:fcfd36839

    第二次UWFの全盛時、全日では天龍が離脱に新日でも猪木と藤波が不在と二大メジャーが冬の時代だったが、自分がのし上がるチャンスと捉えてた選手も多かった気がする。どんな組織であれ、こんな時の方が劇的な世代交代が進められると思えば悪いことばかりじゃない。

  12. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 13:40:32 ID:5e42cd5df

    この全盛期武藤のムーンサルトプレスのカッコよさったらないんだよ。フォームと飛距離が抜群で。三銃士のくくりはあったけどあの時点でひとり圧倒的な輝きだったと個人的には思う。

  13. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:00:37 ID:684deab41

    武藤なら どんな色のタイツでもカッコよく履きこなすんだろうな。実際、真っ赤なタイツでも絵になってたしな。

  14. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:41:19 ID:a2db98788

    三銃士で切磋琢磨。武藤馳組でスタイナーブラザーズと抗争。ムタが現れて先輩や大物外国人相手に大暴れ。ヘルレイザーズがやってきて、ホーガンと組んでドリームマッチ!外敵WARやUインターとの抗争。90年代前半は華やかというか、カラフルなイメージでした。低迷期もあったし、橋本が強すぎた時期もあったけど、中心はやっぱり武藤だったなぁ。

  15. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:30:45 ID:7e8b35edb

    武藤は地味な技でも、一つ工夫して大技に見えてしまう所が上手い。おまけに寝技でも魅せるプロレスをしていたから。

  16. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:32:50 ID:93f75ef6e

    そのあとNKでやった長州戦も良かったね。完璧なリキラリアットで散ったけど!

  17. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:25:22 ID:88c381dcd

    新日本の合宿所で船木が全日本プロレス中継を見ていたら、一緒にいた武藤が「おれ、こっちのほうが向いてるかもな」と呟いたらしい。いわゆる新日本スタイルや猪木イズムに縛られていない武藤が新しい風を吹き込んだことで、1990年代のブームにつながった。

  18. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:44:49 ID:dada8a01d

    この日本再凱旋は自信の塊に見えたけどな。もしこのパーフォマンスをSWSでやってたらと思うと、当時からのファンとしては複雑な気持ちになるね。

  19. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 13:20:49 ID:972df8bf9

    あの試合はホント、面白かった。武藤の動きはキレキレだし、四人とも個性の塊だし。試合時間も、今みたいに30分とかじゃなく、16分ぐらいでまとまっていて集中力途切れないし。フィニッシュのムーンサルトも完璧だった。

  20. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:24:39 ID:82b39b894

    小学生の時、ライガーと共に武藤選手のお陰で以後、どっぷり新日本にハマりました笑 ただただカッコいい選手としか当時はわからずに観てたけど、こんな裏事情があったのかと嬉しい発見満載です。

  21. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:41:53 ID:1bf1c2d07

    あのタイツ、赤だったんだ。俺、朱色だと思ったんだよね。

  22. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 13:16:31 ID:c028f3c72

    見た目と違い、意外なのは自信が無かったって事。アメリカでトップだった武藤が自信満々で帰国したって感じでファンは見てた気がする。武藤は見た目より、繊細なのかな。

  23. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:15:27 ID:7442ccbf0

    記事にもある通り、この時代の新日本って冬の時代で会場の雰囲気も暗かったし、選手も頑張ってたんだけど空回りの印象だった。それが武藤の凱旋のこのNKホール大会から一気に光が差して明るくなったのを今でも覚えてます。

  24. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:21:39 ID:5106d9984

    橋本 対 小川 ではなく 武藤 対 小川 ならどんな試合になっていただろうか。

  25. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:52:29 ID:b7d2c8a50

    やっぱり入場テーマ曲はお客さんの地響きのようなコールが起こる会場が一体になる曲がいい!HOLD OUT好きなテーマ曲の一つです

  26. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:20:54 ID:d0599565e

    試合中盤から、徐々にカッパに変身する。

  27. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:39:29 ID:c7451a72c

    ようやく「自分がリアルタイムで知ってる」武藤敬司が出てきた(*ˊ˘ˋ*)♪「HOLD OUT」やはり一番好き!

  28. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:09:58 ID:e02320c8b

    赤タイツ時代きたー!

  29. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:19:02 ID:70b1ed006

    他の人と違ってオシャレだったよね

  30. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:19:03 ID:89e58e138

    たくさんのテーマ曲を使用してるけど、やはりHOLD OUTが一番盛り上がる。

  31. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 14:24:23 ID:43347030e

    リングまでの長い花道を、時間をかけてゆっくりと入場する。それだけでも金を取れる、数少ないレスラー!

  32. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 13:00:03 ID:f505816fe

    私が見たなかで、一番華麗な凱旋帰国でした。

  33. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:47:10 ID:38b2e46d2

    赤いタイツに白いシューズカッコよかったなぁ!

  34. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 11:59:42 ID:21e148cc6

    いやぁこの連載面白過ぎる。リアルタイム世代なので、武藤の再デビューは衝撃でした。まさに躍動といった動きに魅了されたのを思い出します。スペースローリングエルボーからのフェイスクラッシャー、全身バネ状態でしたよね。

  35. 名前: 名無しさん 投稿日:2018/04/24 12:08:53 ID:1307a03c7

    フサフサしてたな。

まとめ

フサフサしてたな。

以上、【武藤敬司、さよならムーンサルトプレス〈16〉真っ赤なタイツで鮮烈な凱旋帰国、1990年4月27日、東京ベイNKホール】のまとめでした。


Source: Its a Sports World !

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